もうすこしで、震災から8年が経つ。
今まで体感・非体感含めて様々な自然災害を記憶しているが、私にとって震災という単語が指すものは東日本大震災しかない。自分が受けた衝撃によってきっと変わっていくのだろうが、あとにも先にもこれしかない。基準が2011年なのだ。
この8年という歳月があっという間なのかまったく進んでいないのかよくわからない。ただ、震災以前・以後で私が分断されてしまったことだけは生々しいほどにわかる。私が分断されて“もう”8年が経つ。
8年前の私は何をしていたか覚えている。しかし、9年前の私は何をしているのか、よく思い出せない。大学生ではあったのだが、どんなものを描いて、どんなことを感じていたのかが思い出せないのだ。PCのイラストログも2011年以前のものはほとんど残っておらず、むしろそこから火がついたかのようにログを残し続けている。
自分のなかでどのような変化が起こったのか。
しばらくは放心していたが、程なくして広島から関西に戻った私は、以後刊行された文芸誌・表現誌をとにかくむちゃくちゃに集めて読みふけったことを思い出す。文芸評論批評に広告、映像、様々なものを読んだりみたり聞いたりした。あの震災で受け取った衝撃を自分の中で早急に理論化し、表現したかったのかもしれない。
聞く曲の受け取り方も変わったし、自分の思考の軸も変わっていった。創り出す作品の趣も変化していった。8年間で、それだけだった。
もしかすると、9年前の方がもっとたくさんの可能性を考えていたのかもしれない。しかしもうその時の私はいないし、これからも還ってくることもない。
いまだにあの日の夢を見る。当日のことも、夜を越えて日が昇り、手を振る人々のことも、昨日あったことかのように思いだし、夢に見る。
自分だけでなく、世界中の色々な出来事や思い出が、震災以前・以後に分断されていく。2011年を基準に物事を考えている。なにも終わっていない。
昨年の災害を通過してなお、衝撃と感覚が揺らぐことはなかった。
私はあの日に置き去りにされているのだろうか。それとも心に留めながら前に進んでいるだろうか。
未だに判断がつかないまま、月日だけが過ぎていた。
そういうことを、3月に入ってから、ずっと考えている。
8回目。